外伝2  想いという壁



(ここはどこだろう?)
暗い液体の中で目を覚ます。
(・・・・・・・・・ああ、戻ってきたのか)
手足を動かしてみる。
『あ、動いた』
(・・・・・母さんの声)
『ユイ、わたしにも聞かせてくれ』
(・・・・・・・父さんの声)
さらに手足を動かしてみる。
『ふふ、元気な子』
(・・・・・・初めから、初めからやり直すのか)
瞳を開けても、そこにあるのは暗い液体のみ。
(・・・・・・LCLとおなじにおい・・・・・・・懐かしい)
ゆっくりと目を閉じて、自分の鼓動を聞き続ける。

トクン・・・トクン・・・トクン・・・



(ああ、もうすぐ生まれるのか・・・・・・)
光の指す方向へと泳いでいく。
(・・・・・・・・あれ?)
次第に消えていく想い。
(・・・・・・・・・・いやだ!失いたくない!・・・・・・・・・だめだ、僕にはやらなくちゃいけないことがあるんだ)
その瞬間、想いはすべて、消えてしまった・・・・・・・・・・・・・・・

トクン・・・トクン・・・トクン・・・



「ユイさん、その子が息子さん?」
「ナオコさん。ええ、シンジというの」
母さんと知らない人が話をしてる。
「はじめまして」
丁寧にお辞儀をしてみる。
(ああ、この人は赤木ナオコさんだ)
顔を改めてみたらその人のことがわかった。
「いい子ね。ところで、今日の実験この子にも立ちあわせるつもり?」
「ええ」
母さんは僕の頭を軽くなでた。

「シンクロ率の上昇止まりません!」
慌しい実験室の中で、僕は母さんを・・・・エヴァを見つめていた。
「ユイ」
父さんが、僕を後ろから抱きしめて泣いていた。
僕は泣かなかった。
知っていたから、こうなることが・・・・・・・・
「母さん・・・・・・・・またね」
小さな声で言ったら、父さんがさっきより強く抱きしめてくれた。

トクン・・・トクン・・・トクン・・・



「シンジ、父さんはこれからおまえと住めない」
父さんはどこかつらそうに言った。
「ユイの知り合いの人が、おまえを預かってくれる」
父さんの後ろからおじさんが顔を出した。
(・・・・・・時田シロウ!)
「シンジ君、これからよろしく」
驚いた。
僕はてっきり、先生のところに預けられると思っていたから。
「時田さん、シンジを頼みます」
父さんは振り返らずに、行ってしまった。
でも、気付いたんだ、父さんの肩が震えてることに。
「シンジ君、行こうか」
触れられた手が、思ったより暖かかった。

トクン・・・トクン・・・トクン・・・



「シンジ、何を呼んでいるんだ?」
先生(時田)が僕の持っていた本を見て驚いた。
「・・・・・で、電子工学〜〜〜〜〜?」
「・・・・面白いですよ」
僕がにっこり言うと、先生はあきれた顔でため息をついた。
「さすがはユイ博士の子供か・・・・・」
「・・・・・・先生・・・・・・・あの・・・・・」
僕がためらっていると、先生はやさしい顔で聞いてくれた。
「・・・・・・・・僕、もっといろんな事を知りたいんです。だから・・・・・・・・留学させてください」
先生は、口を開けたままで驚いていた。
僕はそのとき、6歳だった。

トクン・・・トクン・・・トクン・・・



「碇ユイの子供だっけか、あのガキ」
「ああ、あの碇ユイの子供だよ」
(母さんの名前?)
誰かが僕のことを話しているので、そのまま隠れて聞いてみることにした。
「生意気だよな。だって、8歳だぜ!」
「確かにな。でも、彼はもうこのスクールも卒業するらしいぞ」
「え!だって、入学してまだ半年しか・・・・・」
(そう、来月からは自分の研究室を持つんだ)
「もう、ここでは習うことはないんだよ」
信じられないという表情で二人は去っていった。

「シンジ君」
二人が去った後もしばらくそこにいると、聞きなれた声が僕を呼んだ。
「先生」
久しぶりに会った先生は、少しふけたみたいだ。
「シンジ君、研究所の準備が整ったよ。これで君も来月から立派な、博士の仲間入りだ」
先生は自分のことのように喜んでくれた。

トクン・・・トクン・・・トクン・・・



「博士、ここの構造ですが・・・・・」
研究員のアリエスが、休憩中の僕に声をかけてきた。
「・・・・・・う〜ん。こうしたらどうかな?MAGIみたくしなくても良いんだから」
書類に次々と文字や記号を書いていく。
「・・・・了解しました。ではこのように進めます」
僕は今、13世代型コンピューターを作っている。
MAGIはナオコさんが作った、ものすごいコンピューターだけど。
僕はそれ以上のものを作ろうとしている。
そして・・・・・・
「マスター」
「ダリア、ここだよ」
僕がこの研究所を作ってから、最初に創造したアンドロイドのダリア。
彼女には最初、何の基礎知識も与えてなかった。
けれども、砂漠の砂が水を吸収するように、いろいろなことを覚えてきて、今では度重なる改良のおかげで、最強の助手となってくれた。
「レオが探してましたよ」
笑いながらそう言ってくるダリアを見て、僕はなんだか胸が痛くなった。
(・・・・・・・人形のくせに)
考えてしまう。
ダリアの心は何なのだろう・・・・・・

トクン・・・トクン・・・トクン・・・



「目覚めて」
そう言ってコンピューターのスイッチを入れる。
軽いノイズの後、コンピューターは起動した。
『マスター』
「おはよう。君の名前はエラ、これからよろしく」
『エラ(女神)?』
「そう、気に入らない?」
『いえ』
エラは、無機質な声で応える。
また、胸が痛くなった。
(所詮、偽者の心か・・・・・・)

トクン・・・トクン・・・トクン・・・



僕は十歳になった。
ダリアやエラのおかげで、本当にやりたいことの研究が進んでいる。
でも、僕の心は重くなっていくばかりだった。
『マスター?いかがなさいました?』
打ち込んでいた手を止めてため息をつくと、エラが変わらない無機質な声でたずねてきた。
「・・・・なんでもない」
再び打ち込みをはじめる。

「マスター。最近お疲れのようですが・・・・一度、研究を休んでみてはいかがですか?」
そう言って、ダリアが旅行のパンフレットを差し出した。
それには、ドイツと書かれていた。
「・・・・・じゃあ、そうしようかな」
パンフレットを持って、自室にこもってしまった。

コンコン
「マスター?どうなさいました?」
ダリアがドアをノックする。
コンコン
「マスター。ここを開けてください」
必死に懇願するダリアを無視して、荷造りを進める。
コンコン
「マスター?マスター?マス・・・・・・」
一瞬、ダリアの声が聞こえなくなった。

トクン・・・トクン・・・トクン・・・



『「・・・・・ター!・・・スター!マスター!」』
何かに呼ばれる声して目を開けた。
『「マスター!」』
目を開けたのに、そこは真っ暗な場所だった。
「エラ?ダリア?」
手探りでダリアを探すと、すぐ近くにダリアの手があった。
「マスター!よかった」
ダリアは僕の手を握り締めてきた。
『マスター。本当によかった』
エラの声が泣きそうに聞こえた。そんなはずないのに・・・・
「エラ、明かりをつけてよ。こんな暗いんじゃ何にもわかんないよ」
『「え?」』
『マスターここは明るいですよ』
「そうですよ。明かりはちゃんとついてます!」
信じれないことに、僕は目が見えなくなっていた。

「シンジ君!」
「先生?」
扉が開く音と同時に先生の声がした。
「ああ、なんてことだ」
何かが目の前を横切る感触がした。
「本当に視力を失っているなんて!」
先生は僕を抱きしめてくれた。
「体に異常はないんです」
ダリアの声がほんの少し疲れているようだ。
「なぜこんなことになった!説明しろ!」
珍しく先生が怒鳴った。
そのまま、誰も何もしゃべらなかった。

トクン・・・トクン・・・トクン・・・



数日後、僕は先生のうちにいた。
視力が回復するまで、前のように先生と暮らすことになった。
僕の視力はどうやら、精神的要因でなくなったらしい。
だから先生は、環境を変えれば治るかもしれないと言って、僕を日本に連れ戻した。
「シンジ君、目の調子はどうだい?」
先生はこのところ毎日家に帰ってきてくれている。
前はあまり帰ってこなかったんだけど・・・
「なんとも言えないですよ」
先生は声に出さないが、空気でがっくりしているのがわかる。

「ダリア、こ・・・・・・・・・」
しばらく先生と暮らして、僕は気がついたんだ。
こっちに来て、僕は何度もダリアやエラの名前を、無意識に呼んでるってことに。
最初は仕事のこととかだったから、仕方ないと思ってたんだけど、最近はそうじゃないんだ。
ささやかなこと、たとえば、料理のこととか、着替えてるときとか・・・・・そういうときにも呼んでるんだ。
「・・・・・・つまんない」
ダリアたちがいたら、話し相手になってくれる。遊び相手になってくれる。
先生とはちがう、何かが違うんだ。
「シンジ君」
先生が僕を呼んでる。
そう思ったけど、体が動かなかった。
先生に呼ばれて思い知ったから、ダリアやエラたちどれほど頼っていたかを。
僕が呼んだら応えてくれる、笑ってくれる、怒ってくれる。
僕が聞いたら答えてくれる、考えてくれる、悩んでくれる。
「シンジ君」
先生が再び僕を呼んだ。
「はい」
応えてびっくりした。
(これが僕の声?)
なんて無機質な声なんだろう。
「シンジ君」
「はい」
(これじゃ、僕が人形みたいだ)

トクン・・・トクン・・・トクン・・・



眼が見えなくなって、二ヶ月が過ぎた。
最近よく考える。
僕は何者なんだろうって・・・・・・・
本当はダリアのようなアンドロイドなんじゃないのかって。

見えない目に浮かぶのは紅い海

「シンジ君?泣いているのかい?」
先生に言われて自分が泣いてることに気がついた。
「何かあったのかい?」
先生はやさしく聞いてくる。
「・・・お・・・・・・いて・・・かな、いで・・・・・・」
(置いてかないで!僕を一人にしないで!)
声にならない声で叫んだ。
「一人にしないで」
声は小さいのか大きいのかわからない。
「そばにいて・・・・・・・・・」

『「ここにいます」』
一瞬ダリアたちの声が聞こえた気がした。

トクン・・・トクン・・・トクン・・・



「マスター!」
久しぶりに戻った研究所の入り口で、ダリアが抱きついてきた。
まだ目は見えないけど、なんとなくダリアの喜んでる顔が見えるような気がした。

『お帰りなさい、マスター』
自室に入るとエラが迎えてくれた。
『お待ちしてました』
あんなに無機質に聞こえていたエラの声が、なんだか感情にあふれているように聞こえた。
「ただいま、みんな」
先生には悪いけど、僕はその日、久しぶりにとても安心しながら眠れた。

夢を見た。
紅い海の夢。
溺れそうな僕をダリアが助けてくれた。
エラが不注意だってしかってくれた。

「・・・・・・・・・・・・・」
目がさめたら、わかったんだ。
ダリアたちを見てイライラしたのは、自分を見ているようだったから。
人形の様に何も感じなくて、機械のように無機質だったのは僕だったんだ。
ダリアやエラは、僕が連れてきた僕の心だってわかった。
今はもうない、心の想いをダリアに、今僕を支えている、知識をエラに。
そう思ったら、目も前の紅い海が光に消された。
「おはようございます。マスター」
「おはよう、ダリア」

僕は三ヶ月ぶりにダリアの顔をみることが出来た。

トクン・・・トクン・・・トクン・・・



「だから、ちょっとだけだってば〜」
『だめです!』
「ねえ、お願いだよエラ〜」
『だめったらだめです。これ以上の予定の遅れは認められません』
僕は、あの時いけなかったドイツ旅行に行きたいと、エラに頼み込んでいる。
「良いじゃない、一週間ぐらい」
「そうだよ!」
『だ・め・で・す』
「「けち」」
願いむなしくエラは承知してはくれない。
『けち?・・・・・・ダリア、こんなに計画が遅れたのは、あなたが第壱研究所を、吹き飛ばしたせいなんですけどね』
そうなんだ、ダリアがこの間、研究所に入り込んだスパイに切れて、つけたばかりの小型N2砲を乱射して、研究所を一つ壊しちゃったんだ。
そのおかげで、エラはバックアップしていたデーターの処理を、一からやり直しているんだ。
「う・・・・」
『マスターも、ネルフの調査書に目を通してないですよ。いくら知っているからといって、読まないというのはよくありません。大体、すべてがマスターの記憶通りとは限りませんし・・・・・・』
「う・・・・・・・・」
そうなんだよね。どうも僕の知識とちがうことがいろいろ在るみたいなんだよね。
『とにかく、旅行なんて認められません!』

結局、旅行にはいけなかったけど、僕はダリアの言う通りに、調査書に目を通しておいてよかったと思ってるんだ。
だって、そこでレイを見つけられたから。
レイの写真を見て分かったんだ。彼女こそが僕の運命の人だって。
「エラ、僕の運命の人が見つかったよ」
『はぁ?』
僕は写真を見ながら、エラにレイのことを話し始めた。
エラは呆れてたけど、ちゃんと最後まで聞いてくれていた。
『会うのが楽しみです』
「そうだね。早く会いたいよ、レイ」

僕とレイが会うのは、それから1245日後のこと・・・・・



トクン・・・トクン・・・トクン・・・
この鼓動は僕のもの。

トクン・・・トクン・・・トクン・・・
この鼓動はダリアのもの。

トクン・・・トクン・・・トクン・・・
この鼓動はエラのもの。

トクン・・・トクン・・・トクン・・・トクン・・・
この鼓動は、君のものなの?

 

 

 

 

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