第十一話 SINJI(1)



歌声が聞こえた。
シンジが眠りにつこうとしたときマンションのどこかから聞こえてきたのだ。
(カノンとダントか・・・)
シンジは布団から起き出すと窓を開けて外の空気を吸い込む。
生ぬるい空気がシンジに触れることによって浄化され外に吐き出される。
(前もよくこうしていたっけ・・・・)
シンジは懐かしそうに顔を緩める。




「アダム様」
時空の狭間に在る神殿の中を歩いていると唐突に呼び止められ、アダムは振り返った。
「バルデェエルか、どうした」
バルデェエルは一礼をする。
「いやなうわさを聞きしました」
バルデェエルはアダムの傍に立つと苦々しい顔をして言う。
アダムは分かっているといった感じに頷く。
「あのお方はいったい何をなさろうとしているんだろうか・・・」
アダムはその美しい眉をひそめる。
「アダム様、万が一のことがあれば・・・・」
バルデェエルが言いかけるとアダムはそれを視線で止める。
「・・・・出すぎた真似をいたしました」
バルデェエルは唇を噛締める。

「そういえば、あの子はどうした?」
アダムは思い出したように言う、その顔にはいつもの微笑が浮かんでいた。
「あの子?・・・・ああダブリスですか、元気にやってますよ」
バルデェエルの顔に苦笑が現れる。
アダムはそれを見てほんの少しだけいつもとは違う微笑を顔に出す。
アダムのところにも末弟であるダブリスのうわさは届いている。
「随分と苦戦しているようだな」
「・・・・あれはなまじ力があるだけに、たちが悪いですね」
「あれはまだ力の制御が出来ていない、がんばるんだな」
アダムはバルデェエルの肩を軽くたたくと廊下の角を曲がり姿が見えなくなる。
「・・・アダム様も、どうしてこう・・・」
アダムに触れられた場所から疲れが取れていくことを感じながらため息をつく。

浄化。
アダムの専売特許であり、本人が意識しなくともアダムの周りの空気は自然と浄化されていくのだ。
アダムが触れることによって疲れが取れたり、傷がいえたりするのだが、その傷や疲れがアダムに蓄積されていくことも事実である。

バルデェエルと離れたアダムは風に乗って聞こえてくる歌声に導かれるように中庭に出た。

そこにいたのはイスラフェルの双子とイロウル、ラミエル、サキエルであった。
双子の声にあわせて「舞う」三人、その光景はまさに「夢」のようである。
「アダム兄さん」
アダムに気がついたサキエルが動きを止めてアダムのほう見る。
アダムは微笑むと軽く手をあげて「舞」の続きを促す。
それを見た五人は再び舞の続きをはじめる。


「夢とはこのことを言うのかもしれませんわね」
アダムの後ろから聞きなれた女の声がする。
「・・・・なぜここにいる?」
アダムは無表情に言う。
エヴァと呼ばれた女はその美しい顔を妖艶にほころばせる。
「神のお使いで参りました。リリス様もそちらにいらっしゃるとのことですが・・・・」
アダムはエヴァを振り返ることなく神の住まう「アラボト」に向かった。

「・・・・ふん、威張ればいいってもんじゃないでしょうに!」
アダムが去った後に残されたエヴァは先ほどとはまったく違った表情で悪態をつく。
「ふふ、まあいいわ。最後に笑うのは私よ!
あははははははははははは!!!!!」

笑いを残してその場を去るエヴァを冷たい表情で中庭にいる五人が見ていた。
「あの女、神にひいきにされてるからっていい気なものよね」
「・・・・・」
「サキエル?どうしました?」
「・・・・兄さんがどうしていつまでもあの女を傍に置いているのかと思って」
サキエルの表情からは嫌悪というものが手に取るように伺える。
「リリス様にしても面白くないでしょうね」
「リリス様が何を考えてるのかは分からないけどな」
イスラフェルの双子が言う。
「・・・まあ、何があろうともアダム様の意思に従うのみでしょう」
イロウルが言うと全員が当然と頷く。


神が住まいし地・アラボド
「アダム様!」
レリエルが待っていたようにアダムの傍に駆けつける。
「神がお待ちです・・・・・どうかお気をつけて」
アダムは頷くとレリエルの開けた扉の中に消えていく。






シンジは懐かしすぎる思い出を打ち切ると窓を閉めて聞こえてくる歌声を堪能する。
(まぁ、いまさらこんなことを思っても無駄だけど、あの時エヴァを選んでいたらこんなふうにはならなかったのかもしれないな)
神の意志に逆らい「アダム」はリリスを選んだ。
その結果生まれた不完全な末の兄弟。
そして、残ったのは罪をきせられた哀れな兄弟。
(・・・・後悔なんてしないさ)
シンジはいつのまにか終わっていた歌声を残念に思いながらも再びベットに横になる。


翌朝、シンジはいつもどうりに起きて朝食の準備をする。
「う〜んそろそろリフォームの時期かもね」
味噌汁をかき混ぜながら真剣に悩んでしまう。
「リフォームですの?」
ルーアがサラダの盛り付けをしながら聞き返してくる。
「そう、うちのテーブルもそろそろ定員オーバー見たいだしね・・・」
シンジの言葉にルーアは行儀が悪いとは思いつつさえばしを持ったままリビングを覗き込む。
そしてルーアが見たものはどう見てもぎゅうぎゅうに詰め込まれた兄弟たちの姿である。
「・・・後、二人って所ですわね」
ルーアが冷静に残りのスペースから定員を割り出す。
「ルーア、その残り二人のスペースに僕たちが入るってことを忘れてない?」
「・・・・・・」
忘れていたようだ。
「やっぱり、隣の部屋ぶち抜こうかな・・・」
「それがいいかと・・・」
シンジはため息をつくとリフォームプランを考え始めた。


碇家の朝の出勤風景は日をおうごとにすさまじいものになっていく。
なんせ小さい子がいるとはいえ、総勢八人がいっせいに出勤するのだ。
当然シンジ、ミサキ、ピオンのネルフ組みは別行動を取りたいところなのだが、そんなことをレイやルーアが許すはずもなく、結局大所帯での移動になってしまうのだ。
(バスでも貸しきろうかな・・・・)
おそらく、どうあがいても十人を超えるであろう出勤風景を思うとシンジはついそんなことを考えてしまう。
今ですら、毎朝、毎朝大変なのにそれをさらに上回る・・・それを考えるとバスの一台でも買い取ってそれで出勤したほうがずっとましだと思ってしまうのだ。
「シンジ君」
レイに名前を呼ばれてシンジが振り向くとなぜかすでに服の汚れているピオンを抱えたレイが立っていた。
「・・・・それはなにかな?」
シンジはにこやかに言う。
しかし目が笑ってないぞ!シンジ。
「植木・・・」
レイがシンジのそんな様子も気にしないで言ってくる。
シンジはレイがいった植木ばちを見る。
「・・・どうして倒れてるのかな?」
またもやにっこりと笑うシンジ(だから目が恐いんだってば!!)
「ピオンが引っ掛けたの」
あっさり言ってくるレイ。
「どうして玄関から2メートル離れててしかもあんな大きな観葉植物を倒すほど引っ掛けるのかな?」
シンジは微笑を絶やすことなく言う。(こわいよ、あんた・・・)
ピオンもさすがに恐がっているのか何もいえない様子であるが、やはりレイは気にしていないようである。
(自分に向けられたんじゃないからか?)
「・・・ピオン、転んだの」
消えそうな声でそういわれてしまうとシンジとしても納得するしかない。
「分かった。ピオン、怪我はないんだよね」
「うん」
「じゃあ、リベラ。それ直しておいて、ピオン着替えさせてくる」
シンジはレイからピオンを受け取るといったん部屋の戻る。
「何で俺なんだ?ミサキのほうが近くにいるのに・・・・ぶつぶつ」
何だかんだいいながらもシンジに言われたとうりにまわりに散らばっている土まで丁寧に拾って元に戻すリベラであった。



レイたちを学校まで送り届けてからシンジの受難はさらに拍車をかけてくる。
「兄さん!私も抱っこ!!」
先ほどからシンジに抱っこしてもらっているピオンに嫉妬したのかミサキがシンジの前に立ちふさがって言う。
(・・・またか)
シンジはどこか疲れきったように肩を落とす。
「駄目!ピオンだけなの!」
「なんでよ!」
「ピオン、決めたの!!」
「なんですって!」
(おいおい・・・ここはまだ往来なんだけどな)
いつものごとく兄弟げんかをはじめる二人にシンジは足を止めて頭を抱える。
(結局両方を抱っこするんだよなぁ)
シンジは二人の言い合いの区切りがいいところでミサキを抱きかかえる。
「二人とも、喧嘩はせめてネルフに入ってからにしてくれ」
シンジがそう言うと返事だけはいい二人がそろっていつも道理元気のいい返事を返してきた。
「「は〜〜〜〜い」」


シンジの受難は終わりそうになかった。
研究室につくとシンジを待っていたのは机いっぱいの書類だった。
「・・・・・」
シンジはとっさに逃げることを考えるがダリアによって出口がふさがれているのでそれも出来ない。
「マスター今日こそ逃がしませんからね」
ダリアは微笑むとシンジの身体に超合成ロープを巻きつける。
「これは、確か・・・」
見覚えのあるロープにシンジの顔がひきつる。
「そうです!マスターが開発した「マキマキ君四号」です」
(もっといい名前はなかったのか?)
「はは・・・・・」
シンジは乾いた笑いを浮かべるとまじめに机に向かう。
(説明しよう!「マキマキ君四号」とはシンジが開発した「絶対切れない」ロープである)
(おまけ機能として導電性が抜群だったりする)
(さらにおまけとしてロープの片側がなぞの発電機につながれていたりする)
「あ・・・」
「あ?」
ミサキの声にシンジが振り向こうとしたとき・・
「ぐ・・・・・・・・・・」
シンジの体に数千ボルトの電流が走った。
シンジは声もなくその場に倒れる。
「・・・ピオン」
ミサキは電流を流した張本人であるピオンをにらむ。
「・・・・」
ピオンは何もなかったようなふりをしてスイッチから手を離した。






「アダムよ、よくきたな」
アダムは神に一礼をするとリリスの隣に鎮座する。
「「・・・・・・」」
二人の間に言葉は交わされない。
「おまえたちを呼んだのはほかでもない。新たなる子供をそろそろ生み出そうと思っているのだ」
神の言葉にアダムは驚愕する。
「神よ。お言葉ですがつい先日ダブリスを産み落としたばかり。続けての分化はリリスに負担が大きいかと・・・」
「アダム」
アダムの言葉をさえぎるようにリリスが口を開く。
「私は大丈夫です」
「リリス!!」
アダムは信じられないといった目でリリスを見る。
しかし、ふとアダムはリリスの手が微かだが震えているのに気がついた。
(神になにを言われた?)
アダムはとっさに考えると神を凄視した。
「今すぐというわけではない。だが、二人ともその覚悟を持っておくように。以上だ、下がってよいぞ」
神はアダムの視線を気にもとめずに言い放つ。
「・・いや、アダムよ、おぬしは残れ」
「御意」

アダムを残してリリスが立ち去ると神はアダムに近くにくるように手招きをする。
アダムは神の足元までくるとひざをつき頭を下げる。
「・・・・」
「アダムよ、エヴァとはうまくやっているか?」
「・・・はい」
(何をいまさら!)
アダムは胸に怒りが込み上げてくるのを必死に抑えた。
「ならばよい。あれはおまえたちよりもさらに「ヒト」に近いものだ。アダムよ、さぞかしあれが可愛いであろう?」
「・・・・御意」
(しょせんは欠陥品。われわれと同じように)
「リリスより愛しいであろう?」
「・・・・・リリスは吾が半身ゆえ、比べることはできません」
(彼女に勝るものなどあるものか!)
「・・・ふむ、アダムよ。おまえはいつまでリリスにしがみつくつもりなのだ?」
「・・・・・」
「あれはいわば「ヒト」を生み出すためにおまえに与えた人形に過ぎん、いいかげんエヴァを正妻に迎えたらどうだ」
「・・・長く連添ったリリスを捨て置けと?」
アダムのこぶしに力がこもる。
「そうではない。より完全に近いエヴァをとったほうがおまえのためだといっている」
「・・・あれは孕むことができないのでしょう?」
(貴方が作った不完全な女)
「否、孕むことはできる。しかし、子を産めばあれは死ぬ」
神の言葉にアダムは顔を上げる。
「あれはおまえやリリスと違って魂の分化ができんのだ」
神の言葉はアダムの中にひとつの考えが浮かんだ。
(神は、リリスよりもエヴァを取るのか?次の分化でリリスは命を落とすかもしれないというのに・・・それに、なぜエヴァを吾が正妻にしようとする・・・神はいったい何を考えている)


アダムはそれから少しして神の前から退席した。
(リリスを人形といった・・・・彼女をあんなふうにしたのは神自身の癖に!)
何も与えられずに神のエデンに隔離されていたリリス。
イスラフェルの双子を産み落としてようやく常にそばにいられるようになった半身。
しかし、神はようやく傍にいることの出来たリリスからアダムを取り上げるようにエヴァを第二の妻としてアダムに与えた。
そしてリリスは間をおかずにゼイエル、アラエル、アサミエル、ダブリスを産み落とした。
そしてリリスが動けない間エヴァはリリスの居場所をどんどん奪っていった。
神のエデンにすらリリスの居場所はなくなっていた。
リリスの居場所はもはや子を産むために与えられた部屋しかなかった。


長い廊下を歩いているとアダムは前方に自分の半身を見つけた。
「リリス」
リリスは少し微笑むとアダムの傍にかけてくる。
アダムは手を広げてリリスを受け止める。
「アダム」
二人に会話はない、しかしお互いの肌のぬくもりが全てを伝えてくる。
ほんのひと時の間だったが二人は確かに通じ合えた。
「リリス。必ず君との約束を果たして見せる」
「・・・無理はしないで、私は大丈夫だから」
「駄目だ。これ以上の分化は危険だ」
「でも・・・・・」
リリスはアダムの胸に顔をうずめる。
(エヴァか・・・・・)
リリスがエヴァに対してどんな感情を抱いているかは分からないが、少なくとも神にエヴァのことで何か言われたのは間違いないようだ。
「リリス、待っていろ。もうすぐ準備が整う。そのときは・・・・」
「・・・・」
リリスは頷くとアダムの後ろに現れたエヴァを見つけてアダムから離れた。
「それじゃ」

リリスが立ち去るとアダムはエヴァと向かい合う。
「お邪魔でしたかしら?」
エヴァは妖艶な笑みを浮かばせながらアダムに近づいてくる。
「・・・・いつから居た?」
「さぁ、いつからでしょうね?」
エヴァはアダムに抱きつくとアダムに顔を近づけてくる。
「・・・うせろ、女」
アダムはATフィールドを作り出しエヴァを拒絶する。
はじかれたエヴァは何とか体勢を立て直すとアダムをきつく睨みつけた。
しかしアダムはさほど気にした様子も見せずにエヴァの横を通り抜けてアラボドとゼブルつなぐ扉のほうに歩いていった。

(・・・この私を拒絶するなんて・・・・)
エヴァは唇を噛締めると神の居る部屋へと足を向けた。
(完全な子供を産むのはこの私!神の望む「ヒト」を生み出すのはこの私よ!)





シンジは気がつくと研究室でダリアが使っているベットに横になっていた。
(え〜〜と・・・・なんでここに居るんだ?)
どうやら記憶が混乱しているらしい。
シンジは体を起こすと周りを見回した。
(確か「マキマキ君四号」で身体を縛られて・・・ミサキが)
「あ・・」
(そう「あ・・」って言って・・・・)
「兄さん起きたの?」
(そう起きた・・・・って違う)
シンジは声のしたほう、ミサキを見る。
「どうしてこうなるのかな?」
朝と変わらぬ微笑にさすがにミサキの顔がひきつる。
「ちょっとした事故よ。さ、ダリアさんが待ってるから研究室に戻りましょ」
ミサキはシンジを起こすと腕を引っ張って研究室に連れて行く。

「あら、マスターおはようございます。よく眠れまして?」
ダリアはいつもと変わらない笑顔でシンジに再び「マキマキ君四号」を巻きつけてくる。
「・・おかげさまで、懐かしい夢つきでぐっすりだったよ」
シンジは微笑み返すと諦めて再び書類と格闘するために机に向かう。


ピオンはシンジの邪魔をしないようにおとなしくミサキとお茶を飲んでいる。
ピオンなりに悪かったと思っているらしい。
(さっきの懐かしい夢って何かしら?)
ミサキはふと嫌な予感にとらわれた。
(・・・・何も起こらなければいいのだけれど・・・・)
ミサキが真剣に考えているとピオンが退屈になってきたのかミサキの膝の上で何かをし始める。
「・・・・で、あんたは何をやってるわけ?」
ミサキが膝に乗っけられたカラフルなお菓子をさしてピオンに聞いて見る。
「う〜んとね、ミサキ書いてるの」
どう見ても福笑いの失敗作にしか見えない。
「・・・・てい」
ミサキはひざの上にのっかて居るお菓子を払い落とす。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ピオンの叫び声は研究室中に響き渡ったがそれを気にするものはもはや誰も居ない。
「あら、ひどく抽象的ですばらしい作品だったのにね」
ミサキはいやみたっぷりに言う。
「そっくりだったのに」
「(ピクッ)ホンとすっごい抽象画だったわね」
ミサキは席を立つと水槽の並んでいるほうへといってしまった。
「似てた・・・」
残されたピオンはお菓子を拾い集めると今度はダリアの顔を作り始めた。
運良くそれを見てしまった研究員がダリアをピオンに近づけまいと心に誓ったのは余談である。




The sweet smell of great sorrow lies over the land
Plumes of smoke rise and merge into the leaden sky:
A man lies and dreams of green fields and rivers
But awakes to a morning with no reason for waking

He's haunted by the memory of a lost paradise
In his youth or a dream , he can't be precise
He's chained forever to a world that's departed
It's not enough , it's not enough

His blood has frozen & curdled with fright
His knees have trembled & given way in the night
His hand has weakened at the moment of truth
His step has faltered

One world , one soul
Time pass , the river roll

And he talks to the river of lost love and dedication
And silent replies that swire invitation
Flow dark and troubied to an oily sea
A grim intimation of what is to be

There's an unceasing wind that blows through this night
And there's dust in my eyes , that blind my sight
And silence that speaks so much louder than words
Of promises broken

 

 

 

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