第十話 勇気
アスカはネルフを飛び出すと公園に来ていた。
何をするでもなく、マナにぶたれた頬と抑えてベンチに座っていた。
(どうして・・・・・・・・)
マナがどういった経緯で時田にひきとられたのかは分からないが、ひどく幸せそうに時田のことを話していたマナがどうしても憎たらしかったのだ。
(私はあんなふうにパパのことを話せない)
血のつながっている父親とも、義母である母親ともそれなりに仲がよく見えるアスカの家族。
しかし、アスカにとってそれは演技であり、家族といえるような感情は持ってはいなかった。
(もしママが居たら私もあんなふうになれたのかな?)
アスカはキョウコが弐号機のコアにいることを知らない。
(違う!私に家族なんて必要ない!)
アスカはそう言って立ち上がる。
とたんに頬にぶたれた痛みが走る。
するとアスカは再び頬を抑えてベンチに座りなおす。
実はさっきからこの繰り返しなのである。
「惣流さん!!!」
マナがやっとのことでアスカを見つけたときにはアスカはまだベンチに座っていた。
「・・・・・・」
頬から手を離して無言でマナを見つめるアスカ。
マナはアスカの目の前まで来るといきなり頭を下げた。
「ごめん!!」
「・・・なにが」
「いきなりぶって・・・本当にごめん!」
マナはそう言うとアスカの頬に手を置く。
「後に残ったらどうしよう・・・・・私責任とるから!」
「・・・・・ぷっ」
本気で責任をとりそうなマナにアスカは思わず吹き出す。
「あっ笑わないでよ〜私本気なんだから〜」
「馬鹿ね、こんなの後になんて残らないわよ。あははははは」
「そうか。ふふ、本気であせっちゃった」
二人はひとしきり笑うと並んでベンチに座る。
「ねえ、あんたってさなんで戦自から出たの?」
アスカは聞きづらそうに言うがマナは覚悟していたのかさほど気にした様子もなく口を開く。
「私ってさ、戦自に拾われた子供なのよ。それで父さんやシンジに会うまでは上からの命令は絶対でさ。私の友達、一緒に生きてきた男の子が二人居たんだけどね、その二人は戦自に殺されちゃったのよ・・・実験の失敗のせいでね」
「実験?」
「うん。ネルフに対抗するために作られたロボットの実験」
マナは思い出したのか厳しい表情になる。
「その実験の失敗から一週間後かな・・・上からの命令でね、私シンジの研究施設のひとつに忍び込んだの。まあ、
シンジの研究施設のガードに見事に引っかかってさ、まあ捕まっちゃたのよ」
「あいつの研究施設って。そんなにガードが固いの?」
「うん。ものすごくね。シンジ自身は別の施設にいたんだけどさ、ダリアさんがそこに残ってて・・・・結局暴走寸
前のダリアさんの異常に気がついたシンジに助けられて命は助かったんだけどさ、危なかったのよ〜実際」
「暴走って・・・・ダリアってやつ何者なの?シンジ自体も尋常じゃなさそうだけど」
「ダリアさんはシンジが作ったアンドロイド(^^)」
「はぁ〜〜〜〜〜〜あいつそんなものまで作ってんの?!」
アスカは呆れたように言う。
マナはアスカのその様子に以前の自分を思い出しアスカに同意するように頷く。
「シンジはね〜ほんとにすごいのよ。JAも半分くらいシンジの案らしいし」
「・・・なんかもうなんでもありね、あいつ」
アスカはため息とともに肩から力を抜く。
「で?その後どうしたのよ。あんたご自慢の「父さん」ってのはまだ出てきてないわよ」
「うん、結局命は助かったんだけどさ、重症で・・・シンジが父さんに私を預けたのよ。父さんは突然現れた私に
本当に親切にしてくれたの・・・怪我を直してる間に何回も戦自の戻ろうとした私を身体をはって止めてくれたのも父さんなの」
「へえ」
「私さ、戦自でも戦闘技術の高いほうなのよ。だから本当に命がけで父さんは私を止めてくれてたのよね〜〜。まあそこまでされて心を開かないほど私も駄目じゃなかったから、怪我が治っても戦自に戻らないでそのまま父さんのところに居座りつづけたのよ」
マナは照れたように言うと照れ隠しなのか立ち上がって背伸びをする。
「ふーん」
アスカも同じように立ち上がって背伸びをする。
「でね、しばらくしてシンジが来てね、唐突に戦自に復讐しないかって言い出したの」
「はあ??・・そういえば、二年前ぐらいに戦自が一度壊滅状態になったって聞いた事あるわ・・・・まさか」
アスカは疑わしげにマナを見る。
「あはは、それ私」
「・・・・」
アスカは呆れたようにベンチに座りなおすとマナに話の続きを促す。
「まあ、結局シンジとか父さんの協力もあってそのとき試作段階だったJAを使って復讐を果たしたのよ。
その後かな、父さんが私を養子にしたいって言い出してくれたのは。もちろん二つ返事でOKだったし、父さんが言わなくても私からお願いしてたかもね」
「そうか、それであんなにうれしそうに話してたのか・・・」
アスカはなぜか先ほどのような険はなくうらやましそうに言う。
「私は、違うな・・・・」
アスカは自分のことを話し始める。
(間)
「・・・そっか、・・・・あれ?でもシンジ前に、コアには母親がいるって言ってたような・・・」
おかしいなーとマナは納得がいかないような顔をして考えているがアスカはマナの発言にはっきり言ってそれどこ
ろではなかった。
「ちょっと待って!どういうこと?コアにママがいるって言うの?」
「え?うん。初号機にはユイさんが入ってたし、わたしてっきり弐号機には惣流さんのお母さんが入ってるんだと思ってたんだけど・・・」
「・・・・どういうこと」
アスカは顔を青くしてマナに詰め寄る。
「本当にママがいるって言うの?」
「う、うん、たぶん」
マナが少し戸惑いながら言うとアスカは突然駆け出していってしまった。
「え!ちょっとまって!!」
マナは必然的にアスカを追いかけていった。
シンジの研究室
「じゃあ、決行は明日でいいわね。シンジ、レイちゃんと呼吸をあわせておくのよ・・・って、貴方達には言わなくてもいいわね」
リツコは呆れたようにレイといちゃついているシンジに一応言うと、壊れた弐号機の修理をするためにシンジの研究室を出て行く。
「シンジ、リッちゃんも言ったように明日のためにくれぐれも変なことをしないように」
ユイがリツコとは少し違う注意をシンジにする。
「信用ないな〜。大丈夫そんなことしないって」
シンジは苦笑して言う。
クイクイ
「何?レイ」
服のすそを引っ張られてシンジがレイに向き合う。
「変なことって何?」
真剣に聞いているのである。
「・・・後でゆっくり教えてあげる」
シンジは含んだ笑みで言うとレイの唇を指でふさぐ。
「はい・・・」
レイはなぜか顔を赤くするとシンジの胸に顔をうずめる。
はっきり言ってシンジ達のそんな場面に慣れてしまっている研究員達は何事も内容に黙々と作業を進める。
しかし、そんな場面を見過ごすことの出来ない人たちもいる。
「いいかげん離れなさい!!」
「兄様はピオンと遊ぶの〜」
シンジとレイを引き剥がそうとした。
「「・・・・・・」」
しかし、ユイの微笑によって二人の行動は止まらざる得なかった。
「・・・・(邪魔しちゃ駄目よ(^^))」
その微笑みは研究室の気温を三度は下げたらしい。
ネルフケイジ
そこではリツコがアスカに詰め寄られていた。
「リツコ!弐号機にママがいるって本当なの?」
アスカはリツコが逃げ出さないようにケイジの隅に追い詰める。
「どうなの?リツコ!」
「・・・そうよ」
リツコはいまさら隠す気もないのか、あっさりとアスカに真実を告げる。
「エヴァのコアに入っているのはアスカのキョウコさんよ。アスカがキョウコさんをコアから出したいんだったらシ
ンジ君に頼むのね。ただし、そうしたらアスカは二度とエヴァの操縦は出来ないでしょうね」
「どうしてよ!ユイさんがいないエヴァをシンジは動かしてるわ!!」
「シンジ君はエヴァに直接シンクロしてるから動かせるのよ。でもそれは大きな危険を伴うわ。エヴァが受けた衝
撃がそのままパイロットに帰ってくるのよ」
「そんな・・・」
アスカはリツコから手を離してふらふらと弐号機の前に立つ。
「・・・・・ママ」
アスカは弐号機の瞳を見つづけている。
「・・・・・」
リツコは作業員に指示を与えるとそのままケイジから姿を消す。
数分後アスカを追いかけてきたマナがケイジに姿をあらわした。
「惣流さん・・・・」
マナは声をかけていいのか迷いながらもアスカに近づく。
アスカはマナを振り返る。
その顔はすっきりしていた。
「決めたわ!!ママにはこのまま弐号機に残ってもらう!私はママと一緒に使徒を倒すのよ!!」
「そうか・・・そうだね!」
アスカの表情にマナはほっとして自分も明るい表情を取り戻す。
「そうだ!!あたしのことはアスカでいいわよ。マナ」
「分かった。これからよろしくね!アスカ!!」
この日アスカははじめて友達といえる人に出会った。
次の日見事にイスラフェルはシンジとレイによって回収された。
アスカはシンジ達の功績に悪態をつきながらも次こそはという感じで以前とは違った感じでシンジをライバル視しているようだ。
しかし、シンジはアスカの事をいまだに「セカンド」と呼び自分の世界にはまったくかかわらせることはしない。
「シンジ」
ユイに呼び止められてシンジはレイといっしょに足を止めた。
「「????」」
シンジとレイは顔にはてなマークを浮かべている。
「シンジ、あなたに聞きたい事があるんだけど、少しいいかしら?」
ユイはいつもの微笑みのまま言う。
「いいよ(駄目だって言わせる気なんかないくせに)」
「レイちゃんも、いいかしら」
「はい」
三人はユイを先頭にケイジへと向かう。
ケイジまでたどり着くとユイは零号機の前まで歩いていく。
「「????」」
いまだにユイの行動の意味がわかっていないシンジ達は再びはてなマークを顔に浮かべる。
ユイは一通り零号機を眺め終わるとシンジに向き直る。
「シンジ!」
「なに?」
ユイが珍しく緊張したように声を張り上げたのでシンジも少し堅い声で答える。
「・・・・お願いがあるの」
急にトーンを落として言うユイの姿に驚きながらもシンジは先を促す。
「・・・ナオコさんと、話がしたいの」
「「!!!!!!」」
ナオコの名前はシンジにとってははっきり言ってユイから聞くとは思わなかった名前であり、レイにいたってはかな
り聞きたくなかった名前であった。
「どうして?」
シンジが聞くとユイは困ったような顔をする。
「・・・いろいろ、あるのよ」
「・・・今さら血の雨の降るような喧嘩なんてしないでよ?」
シンジがかなりまじめな顔でそんなことを言ってくる。
「しないわよ!」
「・・・髭を二人でしめるとか?」
「いい考えね」
本気で考え始めるユイである。(シンジとしても止めないだろうが・・・ていうか、むしろ協力しそう・・・)
「何か科学者として話でも?」
「そう言うことにしておきましょうか」
ユイがそう言うとシンジはため息をついてレイに向き直る。
「レイはいいの?」
「・・・シンジ君がいいのなら・・・」
レイはかすかに震えながら言う。
「・・・・・・・」
シンジは少し考えるそぶりをするとユイに向き直った。
「いくつかの条件があるんだけどな」
「なにかしら?」
ユイは当然のことのように聞き返す。
「・・・・・・大人の事情に僕たちを巻き込まないこと。それから、復活したらナオコさんは僕の研究室に入ってもらいたい」
「分かったわ、約束するわ」
ユイが了解するのを確認するとシンジは零号機のコアの前に立った。
(まったく、母さんはいったい何を考えてるんだか・・・・)
コアの中に手を突っ込むとシンジはコアの中にいるナオコに語りかける。
(ナオコさ〜ん、いますか〜〜??)
(・・・・・)
(いませんね〜〜)
シンジはそう言うとコアから手を引き抜く。
「出たくないって」
シンジがにっこり言うとユイはシンジに負けない笑顔で笑い返す。
「まじめにやらないと・・・・分かってるわよね」
ユイの微笑にシンジは命の危険を感じて今度はまじめにナオコに語りかけ始める。
(こっちが危険なのでいいかげんに出てきてくれませんか?)
(・・・・・)
((^^メ)・・・バーさん)
(なんですって!!!!!)
(間違った(^^)オネーさん)
(・・・・あなたは?)
(シンジといいます)
(ああ、ユイさんの息子さんね)
(はい)
(何の御用かしら?)
(単刀直入に言います。出てこんかい実験オタク)
((――メ)なんですって?)
(・・・By.髭)
(・・・殺す)
(協力します)
(ぜひお願いするわ)
(というわけでこっちの世界に戻ってきてくれませんか)
(・・・・・)
(・・・・・)
(いいわ。でも条件があるの)
(なんでしょう?)
(ゲンドウさんとかかわりたくないわ。もう二度と)
(それは大丈夫です。髭のことは気にしなくていいですよ)
「シンジってばちゃんとナオコさん説得してるかしら?」
ユイは黙ったまま何も言わないシンジが気になってしょうがないようでいつになくそわそわしている。
ユイの横ではレイがユイの服を握り締めたまま固まっている。
「・・・レイちゃん?」
ユイが震えているレイに気がついてレイの手を握り締める。
「どうしたの?」
レイは答えずにユイに抱きつく。
(あらあら)
ユイはどこかうれしそうな顔でレイを抱きしめる。
「ユイさん・・・」
「な〜に?」
「・・・恐い」
ユイはその一言を聞いてしまったと顔をしかめた。
「・・・・そうね、レイちゃんにとってはあんまりいい思い出がないかもしれないけど、ナオコさんはあれで結構いい人なのよ」
「・・・・・」
レイはまだ信用できないといった顔をしている。
「う〜〜ん。ナオコさんが戻って来たら一度話してみるといいわ。きっと誤解も解けるわよ」
ユイは言うとシンジの方を振り返る。
(と、言うわけでいいかげん出てきてくれません?)
(それから・・・・・レイのことなんだけど)
(はい)
(・・・・養子にしたいんだけど・・・)
(・・・はい?)
(養子にしたいのよ)
(・・・は?)
(だから!引き取りたいの!!)
(はぁ・・・・・)
(いいわね!決定!!じゃあ外に出るわ!)
(・・・・はぁ・・・・・・)
「出てくるわ」
ユイが言うと零号機のコアから白衣に身を包んだ女性が出てきた。
レイの手に力が入る。
「・・・・・」
ナオコは完全に身体をコアから出すとユイの前に立つ。
「・・・おっはー」
「おっはー(^^)ナオコさん」
(確か十何年も前の流行語・・・)
シンジはどこかげっそりしたようにコアから身を放す。
「母さん、約束事が増えたんだけど・・・」
「そんなことより!ナオコさん、ちょっとこっちにきて!!」
言うとユイはナオコを引きずってケイジからものすごいスピードで出て行く。
「「・・・・・・」」
残されたシンジ達は呆然とそんな二人を見送ったとか・・・