第二話 研究

 

2015年

とあるマンションの802号室

「シンジ君、起きて」

二人で暮らし始めてから一週間が過ぎた。

「う〜後少し寝かせてよレイ。昨日遅かったの知ってるだろ」

シンジが布団の中から甘えた声を出している。

「だめ」

布団を容赦なく引っぺがされる。

シンジはあきらめたように体を起こしながらレイのほほにキスをする。

レイはキスを受けるとお返しに自分からもシンジのほほにキスをした。

「おはよう、レイ」

「おはよう、シンジ君」

いつもの光景である。

 

 

「レイ朝ご飯は何がいい?」

「何でもいい」

「・・・ステーキでも?」

「それはいや」

朝からステーキは誰でもちょっといやだと思うが、レイは肉が嫌いなのですぐさま否定する。

「じゃ、何?」

「・・・・卵焼き」

「わかった」

以上、碇シンジ家のいつもの台所風景である。

 

「レイ、僕はこのままネルフに行くけどレイはどうする?」

「・・・(もぐもぐ)」

「学校まで送っていこうか?」

「・・・(ごっくん)はい」

レイは少し紅くなりながらうなずいている。

余談だが、レイはシンジと暮らすまでまともな食事をとっていなかったらしく、シンジが作る料理の数々に毎日驚いていた。

 

「ご馳走様」

「・・・・ご馳走様」

レイが食器を片付ける間、シンジは自室に戻りネルフの制服に着替える。

シンジはネルフ内では技術部第二課長なのでいろいろと忙しいのだ。当然学校などには行っていない。

ちなみにシンジのサポートには母親である碇ユイがついている。

「じゃあいこうか、レイ」

シンジがバイクのかぎを持って玄関のほうへ向かう。

「シンジ君」

そんなシンジをレイが呼び止めて、シンジの肩についていたごみをとる。

(新婚ってこんな感じだよな〜〜〜)

シンジがそんな思いにふけているとごみをとり終わったレイが不思議そうにたずねた。

「早く行かないと遅刻するわ」

「ああ、ごめん。レイがかわいくて見とれてたよ」

「何を言うのよ」

レイが照れてうつむく。

シンジはレイの手をとるとそのまま玄関を出て行った。

何度も言うがいつもの光景である。

 

 

 

第三新東京市立第壱中学校

静かなはずの校庭がなにやら騒がしい。

何十人かの生徒(女子が多い)が集まってきている。

 

 

 

 

 

「そろそろよ」

まるで出待ちのような様子だが、生徒達はそろって同じ方向を見ていた。

「来たわ」

誰かが叫ぶのと同時に視線の方角から一台のバイクが姿をあらわした。

生徒達はいっせいに歓声を上げる。

バイクは校門の前で止まるとエンジンを切る。

歓声がいったんやむ。

バイクの後部座席から制服の乱れを直しながらレイが降りた。

シンジはそれを確認してから自分も降り、レイからヘルメットを受け取る。

シンジも片手でバイクを支えながらレイに続いてヘルメットをとる。

とたんに再び歓声を上げる女子。

男子生徒の中からめがねと黒ジャージが出てきた。

「おはようさん、センセ」

「おはよう、シンジ」

「おはようトウジ、ケンスケ」

声をかけられたシンジはレイのほうから二人のほうに向きなおした。

レイはシンジの視線がなくなってさびしいのかシンジの制服のすそを握っている。

「あいかわずラブラブやな」

あきれたようにトウジがつぶやく

「そう?レイ、じゃあ僕そろそろ行くから」

そういわれてレイはしぶしぶ手を話した。

(((((((やるぞ)))))))

ケンスケがカメラを構える。

「それじゃ、いってきますレイ」

「行ってらっしゃい」

そして新婚の二人(?)はお約束のキスをする。

またまた上がる歓声。

(キャ〜碇君わたしにもして〜〜〜)

(綾波さんなんてうらやましい)

(不潔よ〜〜〜でも鈴原となら・・・・っはわたしったらなにを考えてるの!)

(くそ〜碇め、綾波さんおれのだ〜〜〜)

(いいぞ、いいぞ。売れるぞーーー)

(こないな軟派なこと認めるわけにはいかんのや!)

などなど、数々の思想の飛び交う中、唇を放したシンジはヘルメットをかぶり直すとみんなに手を振って走り去ってしまった。

レイはそれを見送ると騒ぐ群衆を無視して校舎の中に入っていった。

しつこいがいつもの光景である。

 

 

 

ネルフ内のシンジの研究室

そこには十人ほどの研究員が忙しそうに働いている。

「おはようございます碇博士」

「おはようみんな」

シンジは研究室の中をぐるりと見渡す。

「・・・母さんがいないようだけど、まだ来てないの?」

「いえ、先ほど出勤されました。ですが・・・」

研究員の一人が半ばあきれたように答える。

ちなみに、この研究員を含め、第二課の研究員はすべてシンジが自分の部下をネルフに引っ張ってきたのである。

したがって当然

「マスター」

「おはようダリア」

彼女もいるのである。

「ユイさんは先ほど碇ゲンドウにつれていかれましたが、すぐに戻ってくるとのことです」

シンジは「そう」とだけ答えて研究員に研究の続きをするように促した。

みんないつものことなのでまったく動じていない。

ちなみにシンジが研究しているのは人造人間である。

シンジはこの研究をネルフにくる前から続けているのだ。

人造人間といってもエヴァなどという巨大なものではなく、いたって普通の人間サイズのものである。

 

シンジは「AH−3」と書かれた水槽の前までやってくる。

そこには五歳ほどの幼女が浮かんでいた。

「現在、臓器などに異常はありません」

「しかし相変わらず脳の発達が芳しくありません」

シンジは報告を聞くとため息をついて浮いている少女の隣にある紅玉に目をやる。

(サキエルはこの体が気に入らないのか?それともほかに原因が・・・)

「マスター、ミサキの脳波に異常発生」

「碇博士、素体に異常発生」

「体温上昇」

シンジはコンピューターの画面に向かう。

恐ろしい速さでキーを打ち込みながら叫んだ。

「エラ、ミサキになにがおきている」

『・・・・紅玉より侵食を受けています』

「侵食?」

シンジはそれを聞くととたんにキーをたたく手を止めた。

「エラ、紅玉よりの侵食とは具体的にはなんだ」

『はい、精神汚染です。といってもこの素体には精神がありませんから侵入と表現しました。』

シンジは何か考えるように口に手を当てた。しかし数瞬後には、にやりと笑った。

そんなシンジの一連の動作を気にしながらも、何とか自分の作業を進めていた研究員達も、シンジのにやりに凍りついてしまった。

「マスター、どうしました?」

唯一凍りつかなかったダリアが(見慣れているため)遠慮がちに問い掛けた。

「もしかしたら素体を認めたのかもしれない」

シンジはそういって再び水槽の前にやってくる。

水槽の中では光る紅玉の隣で、ミサキと呼ばれている素体がびくびくと痙攣を起こしていた。

紅玉は次第に光を強めていく。

「体温39.02まで上昇」

「脳波の乱れ止りません」

「内臓に異常発生。このままでは呼吸器にダメージが出ます」

再び研究室が騒がしくなる。

「臓器内に異物発生」

シンジは紅玉が消えるのを確認しミサキに目線を戻すと、とたんに痙攣が治まっていった。

「脳波落ち着いていきます」

「体温、下降をはじめました」

ひとまず落ち着いたのを見計らってシンジが命令を出す。

「臓器内に発生したものの特定を急げ」

シンジはたまらないといったように笑みを抑えることが出来なかった。

シンジにはわかっているのだ、この素体に何が起こったのかを。そしてそれはシンジが長い間研究してきたことが成功したということでもあった。

『マスター臓器内に発生したものは「コア」と特定されました』

とたんに研究室に歓声が起こる。

自分達の研究が成功したのを知ったのだから当然だろう。

「まだ喜ぶのは早いわ」

ダリアはそんな研究員を諭すように凛とした声で告げる。

「これからどんな拒絶反応が出るかわかりません。それにまだ十四体残っています、安心するのは、まだよ!」

言われて研究員達は冷静さを取り戻した。

シンジに認められているということだけあってここにいる研究員達は、自分を見失うということや、ましてこれから何が起こるかわからないのに騒ぎ続けるほど馬鹿ではないのだ。

「みんなとりあえずご苦労様。ダリアが言ったようにまだ油断できないけど、これで研究の八割方成功といえる」

シンジは研究員をねぎらうとエラにミサキが目覚める可能性を聞いた。

『可能性としては99%目覚めます。目覚めるのは二週間後ぐらいかと思われますが』

(二週間・・・・・)

シンジは複雑な顔をする。

そしてミサキの入った水槽の後ろに並んでいる水槽を見つめた。

(この素体たち全員が魂を持ったとき、僕は自分を知ることが出来るのだろうか・・・・・僕の価値を示すことができるのだろうか・・・・・)

 

ピ〜ンポ〜ン♪

シンジが珍しくシリアスモードに入っていると、突然ドアのチャイムが押された。

何でチャイムなどつけたかというと、特定のパス(シンジ特性)以外ではこの扉が開かない上に、研究に没頭していると来客者に気付かないため各方面からの苦情が出たのである。

それで、パスを持っていない人間が来た時用にチャイムをつけたのである(シンジが)。

「だれだ?(ち、邪魔しやがって)」

「碇指令のようです(またか・・・)」

研究員に扉を開けるように言うとゲンドウがすばやく入り込んでいた。

このときにはもう水槽は隠してます(当然ですが)。

「かくまえ、シンジ(ユイはいないな)」

ゲンドウはおびえたように言うとシンジの事務用机の下に隠れた。

シンジがあきれていると今度は自動で扉が開く。

ユイがニコニコしながら入ってくるとシンジは何も言わずに机の下をあごで指した。

「ゲンドウさん、見ーつけた」

「ひい(シンジ裏切ったな)」

ユイはゲンドウを引きずり出すとそのまま扉の向こうに消えていった。

(あれは相当怒ってるな。ゲンドウのやつなにしたんだ?まあ、母さんもそう簡単には殺さないだろうけど・・・・)

シンジはシリアスモードを壊されたのが気に障ったらしく最初はユイといっしょにゲンドウをいじめようと思ったのだが、ユイの怒り方が半端じゃないことに気がついて断念したのだ。

しかし本当に何をしたんだ?ゲンドウ

 

ネルフ内廊下

ゲンドウが引きずられた後には点点と血の跡が続いている。

追ってみると司令室の前で途切れているようだ。

「ぎゃ〜〜〜〜〜」

この世のものとは思えない叫び声が聞こえてきた。

おそらくゲンドウのものであろう。

「ゲンドウさん、ナオコさんとのことじっくり聞かせてもらいますからね」

どこか楽しそうな女性の声、やはりユイのものなのだろう。

余談だがここ一週間毎日このような夫婦喧嘩が繰り返されているのだ。

よって今ではゲンドウの威厳は失われ、ユイが実質トップということになっている。

ちなみにユイはゼーレのトップの座にもついている。

当然、補完計画は中止されてしまった。

中止の理由はユイ自身が気に入らないことと、シンジがユイにお願いしたからである。

・・・・・・この母子を怒らせてはいけない・・・・・・・・・

 

 

 

 

シンジがある扉の前で立ち止まっていた。

「マスター、この先にあるものはリリスの本体のみ。何の御用なのですか?」

後ろに控えているダリアが声を抑えてたずねた。

「・・・・真実は、どこにあるのかを探したいんだ」

シンジがなぜここに来ているかというと、ゲンドウにシリアスモードを邪魔されたので、邪魔の入らないところでもう一度シリアスをしたかったからである。(50%うそです)

「真実、ですか?」

「僕は自分が何者なのかを知らない。いや、知っているが自分が分からないんだ」

シンジは何かを考えるように目を閉じる。

『この知識は確かに僕のものなのに、実感がないんだ。知識には思い出がついてくる。でも僕にはそれがない。

ただ、知っているんだ、すべてのことを。・・・・・・・恐いよ』

ダリアは以前シンジが言っていた言葉を思い出した。

シンジはこの世のすべての知識を持っているのかもしれない。

しかし、アンドロイドである自分にすら知識の対する思い出があるのに、それがシンジにはないのだ。

(機械が前もって与えられた情報のようなものだとマスターは言っていた)

シンジはまだ目をつぶっていた。ダリアはそんなシンジを見て少し悲しくなった。

(マスターのこんな表情は今まで見たことなかった。こんな、すべてを受け入れるような・・・・)

シンジは今まで確かに今のような表情をしたことがなかったのだ。

これに近い、悟っているような表情はしていたが・・・・・

(これもすべて、綾波レイの影響ですか?マスター。

・・・・・・彼女を認めざる得ないのですね、わたしは。マスターの運命の人だと・・・・)

ダリアはシンジから顔をそらし眉をしかめた。

(・・・・・・でもあきらめませんよ、綾波レイ!貴方がマスターの嫁になるのはわたしの試練を受けてもらいます!!!)

しかしそれもつかの間、握りこぶしを握るとわけのわからない考えにたどり着いていた。

いったい何の試練だ?

「なにしてんの?」

シンジがそんなダリアにつっこみを入れると、ダリアは慌ててなんでもないと首を横に振った。

シンジがドアを開けるとそこには、リリスと呼ばれる巨人が十字架につるされていた。

「・・・・・・・」

(リリス、アダムと対をなすもの。綾波の本体。そして僕の大切な・・・・・・・)

シンジは軽くかぶりをふると再びドアを閉めその場から去っていった。

 

 

 

 

 

リツコの研究室

「だから〜、ちょっち遅くなったけどシンチャンの歓迎会と、ユイさんの復活祝いをしようと思うのよ」

ミサトがリツコに入れてもらったコーヒーを飲みながらいった。

(つまり、騒ぎに乗じてお酒を飲みたいだけでしょ)

リツコは心の中でそうつっこみを入れたが表情には出さなかった。

これも友情であろう。

「で?」

リツコが作業をとめてミサトに聞き返した。

「へ?」

「だ〜か〜ら、それでどうするのよ。会場とかいろいろ問題があるでしょう」

リツコの質問の意味がわからなかったミサトに、あきれながらも質問しなおすリツコであった。

ミサトはやっと理解したらしく、「あー」と言うととんでもないことを言い出した。

「あたしの家をちょっちかたづけて・・・・・」

「却下」

リツコがすぐさま否定する。

「貴方の家をかたづけてたら朝になってしまうわ。・・・・・場所のほうはわたしが何とかするから、みんなに声をかけておいて頂戴」

「オッケー」

ミサトはマグカップを置くと研究室を出て行ってしまった。

(結局こうなるのね)

リツコはため息をつくとどこか楽しそうに(表面は変わってませんが)ミサトに続いて研究室を出て行った。

 

 

ネルフ内廊下

「リツコさん、どちらに御用ですか?」

「貴方によ、シンジ君」

リツコは目的の人物(+α)を見つけると早速パーティーのことを話し始めた。

 

「そうですか、ミサトさんがそんなことを」

シンジは何か思いついたらしくにやりと笑った。

(マスター又なんかたくらんでる)

その通りです。

「分かりました。じゃあ母さん(ゲンドウ)のうちでやりましょう。きっと賛成してくれますよ」

そういってシンジは自分の研究室にリツコを招きいれた。

「シンジ君」

「レイ」

シンジが入るとレイが抱きついてきた。

ダリアはぴくっと眉を吊り上げたが今日はそれ以上の反応はしなかった。

レイは学校が終わると毎日(シンジがネルフにいる場合)ここに直行しているのだ。

シンジはレイを愛しそうに抱き返してお帰りのキスをする。

今度はリツコがぴくっと眉を吊り上げた。

「会いたかったよレイ」

「わたしも、シンジ君」

そのセリフに今度は研究員全員が動きを止めた(いつのまにか戻ってきたユイを除く)。

(こいつらは〜〜〜〜〜〜)

(ユイを除く)その場にいた全員の感想である。

ちなみにユイはニコニコしながら

(仲が良いわね〜二人とも。でもシンジ、孫はまだいいわよ)

などということを考えていた。

まったくもって平和な研究室の風景である。

 

「「ゴホン」」

リツコとダリアがそろって咳払いをし、シンジとレイを引き離した。

こうでもしないと二人の世界から出てこないのである。

レイは引き離したダリアをにらむがダリアは鼻で笑うとレイをにらみ返した。

火花が見えそうである。

 

「ユイ博士、ちょうどよかったですわ」

「あらな〜に?リッチャン」

勝手に火花を飛ばしている二人を無視してリツコはユイにパーティーのことを話し始めた。

途中途中でシンジが話しに加わっている。

 

「あら、良いわよ。ちょうどゲンドウさん今日から出張だから」

どうやらゲンドウは仲間はずれらしい。

「あっそうなの?ちょうどよかった」

同情もされないらしい。

「じゃあミサトに伝えますね、時間はどうしましょう?」

「そうね、八時にうちに来てちょうだい」

「わかりました。それでは」

リツコが出て行くとシンジがユイに耳打ちをした。

「・・・・・・・・・・・・」

「ふんふん」

「・・・・・・・・・・・・」

「あら、楽しそうね」

「でしょう!早速準備しないと」

 

シンジがにっこり

ユイもにっこり

 

なにか良からぬ事をぜっっっっっったいに考えている!

 

 

 

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