バルソーラさん家のある日の黄昏
『〜〜♪♪』
ピアノ室から聞こえてくる歌声にマイセンが足を止める。
「お?シエラの声じゃん」
「ああ、帰ってきてたんだね」
オランヌもマイセンにつられるように足を止めて歌声に聞き入る。
♪失ってしまった代償はとてつもなく大きすぎて
取り戻そうと必死に手を伸ばしてもがくけれど
まるで風のようにすり抜けて届きそうで届かない♪
「ミハエルももっと会いに行ってやればいいのに」
「それは、どうかな」
薄く笑ってオランヌは扉を開ける。
目の前に広がった光景は、黄昏の光の中歌うシエラと壁によりかかってそれを見るカーティスの姿。
「ミハエルはちゃんとシエラを見てるさ」
たとえシエラが気がつかなくても、たとえ姿を現さなくても、あの悪魔はシエラを見ている。
オランヌはそううらやましそうにつぶやく。
♪あなたは今どこで何をしていますか?
この空の続く場所にいますか?♪
きっとシエラにはミハエルは見えていないだろう、とオランヌは言ってドアを閉める。
姿を見せれば触れたくなって、手に入れて手放したくなくなる。
だからミハエルはいつまでも見守り続ける。
契約ではなく悪魔を縛り続けるシエラ。
悪魔に愛された彼女はきっと大成して、そして儚く死んでいくだろう。
オランヌがそういつかいっていたとマイセンは思い出す。
いつから生きているのかわからないこの古の血を宿す師の背中をマイセンは見つめる。
カーティス、そしてシエラを血縁者といって引き取ったこの男は、何を見ているのだろう。
『あなたは本当に声だけが取り柄ですね』
『〜〜〜っ少しは黙って聞けないの?』
目の前で他の男に捧げられた歌を歌う愛する女を見つめる悪魔は、何を思っているんだろう。
「マイセン」
「なんすか?」
「お前もとびっきりの愛を経験すればわかるだろうさ」
まるで考えを読むようにいうオランヌにマイセンは息を呑む。
この男のこういうところが恐ろしいのだと改めて思う。
聞こえてくる歌声、そして今悪魔はマイセンの後ろに立っている。
「ミハ〜、もういいのか?」
「マイセン、いつきてたの?いってくれればいいのに」
「いや、別に邪魔するつもりないし」
「マイセンが邪魔なんてありえないよ!」
『ねえ、カーティス』
『なんですか?』
『・・・兄さん』
『・・・頭でも打ったんですか』
『私は、幸せよ』
『本当に頭を打ったみたいですね』
「愛を知れば世界は変わるさ」
オランヌはそういって笑う。
「幸せなのよ」
シエラはそういって歌う。
「この愚かでくだらない日々がいいんですよ」
カーティスはそういって口の端を持ち上げる。
得体の知れない古の血を持つ男と、悪魔に愛され続ける娘、そして平凡を隠れ蓑にする息子を黄昏は包み隠していく。
歌詞引用:癒月 「you」
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