闇に魅入られているのは? 1夜目(シエラ)

 

「あなた、本当に弱いですね」

唐突に…

そう、唐突に声がかけられる。

「っ!」

空っぽの気配、こんな気配を出すのは一人しか居ない。

「カーティス=ナイルっ」

目の前に居る化け物に思わずめまいがする。

ここはギルカタールではないし、真昼間の公道だ。

武器にかかった手を必死に押さえて目の前の化け物をにらみつける。

「こんなに簡単に背後を取られて・・・、死にますか?」

「……他の人にはこんな失態しないわよ」

「でも僕には取られる」

さも当然のように、昔と変わらずにカーティスは薄笑いを浮かべて言う。

一瞬の沈黙が私を冷静にされる。

カーティスはなぜここにいるのか?

それは、仕事だから……だれかを、暗殺に来たから。

そして、今カーティス=ナイルは自分の目の前に居る。

「暗殺しに来たにしては、ずいぶん堂々としてるのね」

「なにをいってるんです?」

「ほかに、あんたがギルカタールを離れる理由が無いわ」

不快そうにみてくるカーティスに私はさも当たり前のように言う。

いつでも武器を持てるように構えながら。

「殺してほしいんですか?」

殺気も無くいわれて冷や汗が出る。

「そう簡単には殺されないわ」

にやりと笑って武器を構える。

「それでこそ僕の弟子です。と、いいたいのですが残念ながら違いますよ」

「は?」

カーティスは軽くため息をついて私を見る。

一瞬の違和感。

いつの間にか周囲に人の姿はなくなっている。

「シエラ」

名前を呼ばれる。

「僕は…」

カーティスが言葉を続ける。

「暗殺者を引退します」

目をいっぱいに見開いて目の前の男を見る。

幸せそうに笑うコレは誰だ?

「いえ、引退せざるえない」

「な…にを、いって…」

警鐘がなる、これ以上聞いてはいけないと…。

「死んでしまったらもう暗殺者なんてできないでしょう?」

「なっ……」

死んだ?誰が?

カーティス=ナイルが?

あのカーティスが?

じゃぁ、コレは誰だ。

自分の目の前にいるこの男はなんだ?

「あなたの知り合い、アレは反則です。僕も所詮人間ということですかね」

なにをいっている?

なにがおこって・・・いや、何が起こった?

「あの悪魔、相当あなたがお気に入りのようだ」

悪魔…ミハエルがなんだというの?

「一瞬ですよ、あそこまで瞬殺とすがすがしいですね」

「なに…?ミハエルが、何をした、の?」

頭が動かない目の前がゆがむ。

「相変わらず愚かだね人間」

「ミハエ、ル?」

後ろから抱きしめられる。

ぬくもりなんか一切無い抱擁。

「きみがいつまでも愚かだからイライラするんだよ」

気づけばカーティスは消えていて。

誰も居ない道の真ん中に取り残される。

「きみが僕以外のものになるなんてありえないんだよ」

甘い言葉のはずなのに血の気がうせていく。

「シエラ、君は僕のものだ」

だから、とミハエルは言葉を続ける。

「だから、君の周りのものは全部壊してあげる」

世界が、真っ赤に染まって逝く……

 

 

 

「っっ!……はっ、はっ…」

布団を跳ね除けて飛び起きる。

息が整わない、頭が回らない。

アレは夢?

夢、だったの…だ。

彼が殺されるなどありえないのだから…。

「夢、なのよっ」

夢のはずなのに頬を伝う涙が止まらない。

 

「何で泣いてるの?」

誰も居ない部屋の、それもすぐ傍らから

眠ることの無い悪魔の声が聞こえた気がした…。

 

 

 

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